平成28年度論文
水環境科(安全科学担当)
MS技術を応用した環境分野の研究動向
松村千里, 中野 武, 東條俊樹, 市原真紀子, 西野貴裕, 山本敦史, 宮脇崇
水環境学会誌, 39(12), p436-443 (2016)
質量分析計を用いた環境分析は,現在広範囲の物質に適用されるようになっきた。最近ではネオニコチノイド系農薬や医薬品・化粧品等のパーソナルケア製品(PPCPs)による環境汚染が注目され,代謝物等も含めた多くの化学物質の極微量かつ高精度な分析が求められている。このため,従来型のGC/MS,LC/MS に加え,高い質量分解能を持つ飛行時間型質量分析計(TOF)MS やフーリエ変換型MS 等の最新技術も活用されてきている。今後もさらなる質量分析技術の環境中微量化学物質研究への応用が期待される。そこで,主な分野ごとに最新の情報を紹介した。
Structural determinants for the position of 2,3’,4,4’,5-pentachlorobiphenyl (CB118) hydroxylation by mammalian cytochrome P450 monooxygenases
Mise, S., Haga, Y., Itoh, T., Kato, A., Fukuda, I., Goto, E., Yamamoto, K., Yabu, M., Matsumura, C., Nakano. T., Sakaki, T., and Inui, H.
Toxicological Sciences, 152(2), 340-348, 2016, Selected for the cover page
哺乳類の薬物代謝型シトクロムP450(P450またはCYP)モノオキシゲナーゼは、一原子酸素添加反応を触媒する酵素であり、PCBなどの脂溶性物質を水酸化することで生体外への排出を促進する。哺乳類のP450がPCBを代謝することを示し、さらに複数の水酸化代謝物、脱塩素水酸化代謝物を高分解能ガスクロマトグラフ質量分析計(GC/MS)により同定した。さらに、ラットとヒトのP450の代謝能力の差はP450の活性中心であるヘム近傍のアミノ酸が影響していることを示し、これがPCBの毒性発現を決定する重要な要因であることを示した。
ナフタレン
羽賀雄紀、松村千里
化学物質と環境平成27年度化学物質分析法開発調査報告書,p481-512
水質中ナフタレンの分析方法を開発した。ナフタレンの検量線は、0.30 ~ 100 ng/mL濃度範囲でR2 > 0.995であり、良好な直線性が得られた。また、本法によるMDLは0.00026μg/L、MQLは0.00068μg/Lであった。添加回収試験(添加量40 ng)は、87% ~114%の範囲であり、サロゲート物質の回収率は61% ~ 94%であった。環境水からは0.011~0.015μg/L検出された。
以上より、水質試料中に0.001μg/Lレベルで存在するナフタレンの検出が可能である。
PASSIVE SAMPLING FOR PCB MONITORING
Nakano, T., Matsumura, C., Haga, Y., Tsurukawa, M., Miletic, S., Ilic, M., Milic, J., Bekoski, V.
Organohalogen Compounds, 78, 1295-1298, 2016
残留性有機汚染物質(POPs)は環境中での残留性や生物蓄積性がある化学物質である。
大気中のPOPs 等のモニタリングにはフィルターや吸着剤を通して既知量の空気をポンプにより吸引するアクティブエアーサンプラー(Active Air Sampler : AAS)が用いられている。この方法はポンプを使用するため電力の確保が必要である。そのため、広域多地点における同時サンプリングを実施するには不向きである。そこで広域多地点での同時サンプリングを実施する方法の一つとして、パッシブエアーサンプラー(Passive Air Sampler : PAS)が提案されている。これは分析種をポリウレタンフォームなどの吸着剤に空気の移流と拡散により受動的に捕集されることを利用した捕集方法であり、電力を必要としないためサンプリングにおける場所の制約は少なく、音も静かである。そのため多地点の同時モニタリングの方法として期待されており、様々な研究者が基礎的な検討、結果を報告している。今回、AASと各種吸着剤を用いたPASを用いて大気中のPCBの同時測定を行い、吸着剤の比較を行ったので報告する。
大気環境科
Acute effects of air pollutants on pulmonary function among students: a panel study in an isolated island
Yoda Y, Takagi H, Wakamatsu J, Ito T, Nakatsubo R, Horie Y, Hiraki T, Shima M
Environmental Health and Preventive Medicine (2017) 22:33, DOI 10.1186/s12199-017-0646-3
瀬戸内海の離島(愛媛県弓削島)において、大気汚染物質が学生の呼吸器へ及ぼす影響を調査した。呼吸機能の指標である1秒量(FEV1)はブラックカーボン濃度の増加に伴い有意に低下し、最大呼気流量(PEF)は屋内オゾン濃度の増加に伴い有意に低下した。また、アレルギー疾患既往歴のある学生はPM2.5濃度の増加に伴いFEV1が有意に低下した。
Candidates to Provide a Specific Concentration Difference for Ambient Sulfur and Nitrogen Compounds Near the Coastal and Roadside Sites of Japan
Aikawa M, Morino Y, Kajino M, Hiraki T, Horie Y Nakatsubo R, Matsumura C, Mukai H
Water, Air, & Soil Pollution (2016) 227: 353 DOI 10.1007/s11270-016-3069-7
沿岸都市部の道路沿道2地点において、四段フィルターパック法により大気中ガスび粒子状物質を観測した。HNO3及びNO3-は両地点で明確な季節差がみられ、NO2からHNO3への酸化の影響が示唆された。NH3及びNH4+の濃度は特定の発生源ではなく地域スケールで決定づけられる可能性があった。一方、全硫黄(SO2+SO42-)の濃度はSO2濃度によって決定づけられ、海上交通が硫黄の重要な発生源であることが強く示唆された。
Trans-boundary and in-country transport of air pollutants observed in Kobe, Japan by high frequent filter pack sampling method
Aikawa M, Hiraki T, Horie Y Nakatsubo R, Matsumura C, Mukai H
Journal of Atmospheric Chemistry (2016) DOI 10.1007/s10874-016-9357-1
国内の都市部において、四段フィルターパック法により大気中ガス及び粒子状物質を各季節に1週間、6時間毎に観測した。春のサンプリングでは高濃度の大気汚染物質の越境輸送が観測され、夏のサンプリングでは大気汚染物質の国内輸送が観測された。各季節の集中観測により、大気汚染物質に影響を与える季節依存性の輸送形態をうまく説明することが出来た。
第5次酸性雨全国調査報告書(平成26年度)
堀江洋佑,岩崎綾,友寄喜貴,木戸瑞佳,山口高志,多田敬子,川下博之,河野明大,濱村研吾,山添良太,松本利恵,横山新紀,野口泉,家合浩明,甲斐勇,濱野晃,吉田芙美香
季刊全国環境研会誌(2016), Vol.41, No.3, Page.2-37
全国環境研協議会による酸性雨全国調査は1991年度から始まり,現在2009年度から第5次調査を実施している。報告書は, 第5次調査の6年目の2014年度に全国の地方環境研究所51機関で行った,湿性沈着調査65地点,乾性沈着調査48地点の調査結果をとりまとめた。加えて,最近のアジア大陸から排出されるガスおよびPM2.5による大気汚染等の問題にも触れた。